4世代9人国際家族の文鮮明師御夫妻のみ言と生きざまに学ぶエッセイ

拝啓、美しい老い!

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六年前、八十二歳の母が行方不明になった。
「ちょっと買い物に行ってくるね」と言って、家を出て行った。
そろそろ帰ってくるだろうと待っていたが、なかなか帰ってこない。
少し心配になった。
三時間が経過した。ますます心配になった。
外はすっかり暗くなっていた。
きっと帰り道がわからなくなったに違いない。

母はアルツハイマー型軽度認知症で、十分前の出来事を忘れてしまう。
家の住所と連絡先を刻んだブレスレットを手首につけている。
母を捜すために、母の立ち寄りそうな店をのぞいてみた。
一時間ほど探しまわったが母の姿はどこにもない。
仕方なく、駅前の交番に飛び込んだ。
「母が買い物に行ったまま、家に帰って来ません」
警察官が、母の名前や身体の特徴と服装などを聞いてから、
「110番通報しましょう」 と言った。
「えっ、110番通報?」
警察官が110番をするってどういうことかと不思議に思っていると
「110番をすると、たくさんの警察官が、一斉に捜してくれるんですよ。家に帰ってお待ちくださいね」
母が帰ってきたら、帰ったことを110番するように言われ、私は急いで家に戻った。
母ひとりのことで、たくさんの警察官が動かなければならない。
いったいどうやって捜すのだろう。なんだか申し訳ないと思った。
しばらくすると電話が鳴った。交番から、母が見つかったとの電話だった。
なんと、交番に母が一人でやって来たそうだ。
母にそんな知恵があったことが不思議だった。

定かではないが、母の話では、暗くなって帰り道がわからなくなり、見知らぬ家に助けを求めたらしい。
家の住所も電話番号も言えない母に、その家の人が交番に行くように勧めたそうだ。
このようなことは、これが初めてではない。
間違ってバスに乗り、見知らぬ人の家に保護されたり、犬と散歩中に迷子になったときは、パトカーに乗って、犬と一緒に家まで送ってもらったりした。
「大丈夫、大丈夫!」 と母は言うけれど、ちっとも大丈夫じゃない。
母の現実を受け止められない私の胸に、母の担当医師の言葉が突き刺さった。
 「もしあなたが、少し前の出来事を次々に忘れたら、どんなに不安ですか」

これが老いというもの、いずれ誰もが迎える老い。
認知症も病気の一つではあるが、ごく自然な当たり前の老いなのかもしれない。

それから二年後、母は私家族と共に住み慣れた東京郊外の調布市を離れ、自然の豊かな稲城市に引っ越した。
そのころから母の認知症状はさらに進行した。
家のトイレの場所が分からなくなった。
食事を食べたか食べてないかわからなくなった。
冷蔵庫から、郵便物や調理器具が出てきたこともあった。
昼と夜が逆転し、早朝、家から六キロ先で娘の家に行くと言って、リュックを背負って歩道に座りこんでいた母を、不審に思った新聞配達の人が保護してくれた。
幸いリュックの中に家の住所と連絡先があった為に家に戻ることが出来た。

介護施設入所については考えてもみなかった。
母をそこに送るべきなのか、デイサービスのスッタフや、ケアマネージャーに相談した。
なぜかそのたびにポロポロと涙が落ちる。
四世代九人家族。私たち夫婦と孫やひ孫と一つ屋根の下で暮らす母は、果たして幸せか、それとも介護施設で静かにのんびり過ごす方が幸せなのだろうか。
同じ悩みを経験した友人に相談してみた。
「介護施設に入れた方がいいよ。本人のためかもしれないけれど、家族のためにも」 と言った。 

悩んでいるとき、家のすぐ近くに新設予定の介護施設グループホームの入居者募集広告が目に入った。
定員十名限定だという。目と鼻の先に新設され、少人数の施設である。
ここしかないと、すぐに応募した。
けれど、入居のための面接後に、本当にここでよいのか、生活を家から施設に移すだけとは言っても、母が嫌がらないだろうかと、再び悩んでしまった。

そんなある夜のこと、
「新聞とマッチはどこにあるの?」と母が夜中に起きてきて私に聞いた。
「お客さんが、たくさん来たから部屋を暖めてあげないと」 と母は言った。
この出来事で迷わず決断した。
これ以上母を苦しめないように、現実を受け止めてあげようと.
母の新しい生活を祈 ってあげようと。

母がグループホームで生活するようになって8ヶ月が経った。
入居した初日、子供のように私の傍を離れなかった母が、十人が楽しく暮らすホームを「私の家」と言うようになった。
孫やひ孫とワイワイ生活した懐かしい我家も、母は忘れてしまったようだ。
「また来てね。」 と、面会して帰る私に母は笑顔で手を振り見送ってくれる。

そんな母も今年6月には米寿を迎える。

                                  (2018年5月記)

            




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美しい心情に呼びかける



高森顕徹さんの著書の中に
こんな面白い話があります。

明治33年に亡くなられた博多の万行寺のご住職は
近代の名僧と言われるそうです。

ある夜、師の寝室に強盗が押し入り
「金を出せ! 早く出さぬと殺すぞ!」と。

「金は床の間の文庫の中にある」
静かに師が答えると
強盗は文庫を抱えて急いで立ち去ろうとしました。

「待ちなさい」
「何か用か?」
にらみつける強盗に、師はおだやかに言いました。
「実はその金はのう、仏様からのお預かりもの
  本堂に行って、一言お礼を言ってから帰りなされや」


すると泥棒は素直に本堂に行き
頭を下げて帰って行ったそうです。

やがて、師に警察から呼び出しがあり
あの犯人が捕らえられたのです。

「金品を取られたならすぐに届けてくださらないと困ります」

「いや、盗られた覚えはありませんが…」

「そう言われても犯人がはっきりと白状しています」

「それは何かの間違いでしょう。
  確かにある晩、金が欲しいと言ってやってきた者はいた。
   だが、その人には仏様にお礼を言って帰りなさいと
    与えはしたが盗られたのではない」


やがて、刑を終えて出所した泥棒さんを師は
「因縁のある男だ、私の寺の会計係にちょうど良い働いてもらおう」
と、身を引き取ったのです。

感激した彼は立派に更生
生涯一度のミスも犯さなかったそうです。


人をごまかすような人間にも
必ず良心があり、
相手に心から信頼され、
正直で公正な人間として扱われると、
不正な事は出来ないものなのかも知れません。


“人の美しい心情に呼びかける”
たとえ相手がどのような人であっても
このようにお付き合いできたら
本当に素晴らしいです。





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肩の荷物おろしていい?

       ウユニ塩湖
                                                 神秘的なウユニ塩湖

どうしてそんな疲れた顔してるの?
いろんなこと背負いすぎたんだね
何もかも自分でやろうとして・・・
家族のこと、職場のこと「みんな私の責任」だなんて思っていない?

いいんだよ
時には「見猿、聞か猿、言わ猿」になっても
背負った荷物を降ろしてごらん
足元ばっかり見ないで、目をそらしでごらん

悪いことには、見てみぬ振り、聞いて聞かない振りしていいよ
すべて受け止めようとしたら自分がだめになっちゃうから

相手の良いところだけ見て
良い言葉だけ聞いて
良い言葉だけ話す

相手の人にも完璧を求めちゃだめだよ
だって自分も完璧じゃないからね




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認めて欲しいのです

   秋の夕暮れ

討論会や会議などでは、自分の立場から意見を主張し、
反対の意見に対しては、まったく聞く耳を持てないことが良くあります。
議論を楽しむためと言うのならそれでいいのかもしれません。

しかし、統一された見解と方向性が見出せないまま終わりにしてしまうときには、何とも気分悪い余韻が残ってしまうものです。

お互いが相手の立場を認め、理解しようとしなければ、
平行線のままで互いの間に高い壁を作ってしまうだけです。

外国人と結婚し五年に満たない友人は、言葉や習慣の違いからか、
時々夫婦喧嘩になってしまうそうです。
反論したりなどしたら、もっとエスカレートし、
今までに電気製品を三台壊したと笑って話していました。

結婚した当時、彼女は「自分のどこがいけないのか?」と、
夫の血気怒気に悩んだようです。
ある時、ご主人が奥さんに
「自分が怒っているときは、原因が必ずしもあなたではないときがあるから、私が間違っている場合でも黙って聞いて欲しい」と言ったそうです。

それ以来、喧嘩することもなくなったと言っていました。

腹を立てている人や不満を抱いている人、傷心の人はみな、
誰かに話を聞いてほしいだけなのです。
「大変だったね」「つらかったね」
「頑張ったね」「元気を出して! 大丈夫よ」
受け止めて認めてほしいのかもしれません。

「受け止めて認めてあげる」
そんな優しい心、明日は持てますように・・・・




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内なる叫び

秋明菊


あるとき友人が自分の職場の女性社員について
こんなことを言っていた。

「つい最近、新人社員が入って来たのよ。
その子って私の前で大きなイヤリングをブラブラさせて、
おまけに真っ赤な爪がどうも気になるのよね」
と言っていたことがありました。

「その子は何か家庭の中で悩んでいる事でもあるんじゃないの? 
仲良くなって話をしてみたら」
とアドバイスをしてみました。

後で知ったのですが、その子は母子家庭で母と妹の三人暮らし、
その子のお母さんは朝から夜遅くまで働かなければならず、
彼女は子供のころから小さな妹の世話をしながら、
お母さんと苦労を共にしてきた寂しい娘さんだったようです。

大きなイヤリングと赤い爪は、自分のことを理解してほしいという、
彼女の寂しい心の叫びのようにも見えるのです。

親に心配をかける子、問題児として扱われる子を、
私達大人はその子の外見とか行動だけを見て、
深いところに押し隠された彼らの心が
見えていないのかもしれません。

この頃の青少年の犯罪などを見ると「あんなにおとなしい子がなぜ?」
と回りが理解できないようなことがしばしば起きています。

内なる心の叫びをにわかに表にあらわすことのできない
ナイーブでおとなしい子が、一番身近な両親や先生や友人にさえも
理解されず犠牲になっているのです。

「受け止めて認める」こととは、相手の立場を認め理解してあげること、
すなわち愛することなのです。

その様な豊かな心で見つめたら、
大きなイヤリングも赤い爪も微笑ましく見えてくるのかもしれません。





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プロフィール

sato family

Author:sato family
名前:sato family
4世代、9人国際家族
長野県出身の東京都在住
フラワーアレンジメント講師
宣教師

著書:『心を甦(い)かして』(文芸社)
 『成功と幸福を呼ぶ不思議な言葉集』
 

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