4世代8人国際家族の文鮮明、韓鶴子夫妻に学ぶエッセイ                                      文鮮明師御夫妻のみ言と生きざまに学ぶエッセイ

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アメリカで遭遇した恐怖体験 ~後編~

(前篇からの続き)
マンハッタンをあちこち回りながら、足を棒にしてやっと探し当てたホテル。
停電してから3時間がたっていました。
しかし、そこも恐ろしい光景になっていたのです。

ホテルのロビーも真っ暗で、沢山の人が床にごろごろと横になっていました。
このホテルのロビーに泊まり込む気配でした。
エレベーターが止まっていたので真っ暗な内部階段を歩いて上るしかありません。
「上の階に行きたい方はいませんか?」と誰かが叫んでいました。
エレベーター前に上に行きたい5,6人の人が集まって来ました。
ホテルの従業員が懐中電灯を頼りに、私は二十数階の目的の部屋まで同行してもらいました。
部屋のドアをノックしました。
ドアが開き部屋の明かりが漏れた時、本当に私は「助かった!」という思いがしました。

ニューヨーク全体がパニックであったために、突然の訪問客にびっくりした様子もなく
私を喜んで迎い入れてくれました。
Yさんの家族はご主人や子供たちはすでに帰宅しみんな無事でした。

部屋の真ん中に一本の太いローソクが灯っていました。
こんな一本のローソクがこんなにも部屋いっぱいを明るく照らして、なんとありがたいことだろう!

水道が止まっているのでトイレも水が流れない
お皿一枚も洗えない、調理器具も使えない、何もできない。
電気がないってことはこんなに不便なものかと、
普段当り前の生活をしていることがどれほど感謝であろうかと思いました。

あるだけの水と食料を彼女はテーブルに並べ、
洗わなくて済むようにラップで覆ったお皿に少しずつ取り分けてみんなで食べました。
ご主人は、携帯ラジオを抱えてラジオから流れる情報をじっと聞いていました。

ツインビルのテロ事件の恐怖がよみがえって、もしかしたらまたテロではないかと誰もが考えました。
ニューヨークの正しい情報が分からないので、私は携帯電話から日本の自宅に電話しました。
『全米が停電、原因不明、回復はいつになるかわからない』というニュースが流れていると言いながら主人が盛んに心配していました。

ニューヨーカーホテルの窓から見えるエンパイヤーステートビルは不気味な姿で黒くそびえ建ち、夜空には一つの星さえ見えない。
いつもならダイヤを散りばめたような美しい夜景のニューヨークは一点の光もない暗黒街となりました。
道路には、たくさんの人がゴロゴロ寝て、異様な姿です。

「生まれてから過去にこんなことはなかったよ」と、Yさんの御主人が心配顔で言いました。

開け放たれた窓の外では、朝までけたたましくパトカーと消防車が往来し、私は一睡もできませんでした。

「何とかして帰らなければ」何度も窓から下を覗き込むと、朝明けの中をバスが動き始めているように見えました。
一泊させていただいたお礼もそこそこに、私はホテルの階段を一気に駆け下りました。
ダウンタウンに向かうバスであれば、何でもかまわないとバスに飛び乗ったのです。

ハーレムにある教会にたどり着くと、なんとそこは電気が点いていました。

「少し前に電気が点いたのよ」と言いながら、私の無事な姿に安心したようでした。
マンハッタンに行った私だけが帰らず、みんな心配していたのでした。
ほかの地域に行って活動していた人たちは、電車の線路上を何時間も歩いて、その日に帰ったそうです。

ニューヨーク、政治経済、文化や芸術の中心である
華やかで堅固で何も恐れる物はない巨大な都市
しかし、この日一番便利と思われる場所が一番不便になったのです。

マンハッタン4 マンハッタン

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アメリカで遭遇した恐怖体験~前篇~

私が体験したもう一つの忘れることのできない貴重な体験をお話いたしましょう。

二〇〇三年八月十四日、ニューヨークのマンハッタンで宣教活動中に起きた恐怖体験です。
宣教活動には大きく二つの活動があり、一つは教会訪問伝道と、もう一つは恵まれない子供たちとニューヨークにある教会のための募金を集める活動です。
この日、私は十歳年下の婦人と二人でマンハッタンを、朝十時から午後四時ぐらいまで、ファンドレージングをしていました。
この日はとても暑い日で、そろそろハーレムにある宿泊先の教会に帰ろうと地下鉄の駅に来ると、電車が止まっていました。
何かおかしいと感じて辺りを見ると信号も止まり、店やオフィスの電気が点いていません。
どうやら停電らしい、電車が駄目ならバスで帰ろうとバス停に向かいました。
ところが、バス停には長蛇の列、おまけになかなかバスが来ません。
バスの路線を変えようとして移動しましたが、そこもいっぱいでみんな不安と焦りでイライラした様子。
どのバスも満員で乗れず、バスを叩いて止めようとしたり、窓から乗り込もうとする人もいました。

信号が止まったので道路は車が動けず、数人の男性が手信号で車の整理していました。
しかし、次第に道路は車でいっぱいになり動きが取れなくなってしまいました。

こんなに人がいたのかとビックリするほど、沢山の人が高層ビルから外に出てきました。
次第に歩くことができないほど人でいっぱになりました。
おまけに蒸し風呂の中にでも入ったような暑さです。

お店は閉店し、次々にシャッターを下ろしました。
しかし、食料品の店は再びシャッターを開け、商品を道路に出して叩き売りを始めました。
水やアイスクリームそして、サンダルには沢山の人だかりができていました。
どうやらサンダルは靴を履き替えて歩いて帰るためのようでした。

バスも駄目、宿泊先のハーレムまで歩いたら夜には帰れると言われても、帰る道順がわかりません。
どうやって帰ろう・・・、トイレにも行きたい・・・私の心は次第に不安になってきました。

言葉もわからない、丸い地球のど真ん中でたった一人ぼっち、自分が立っている場所さえ分からない。
こういう恐怖や不安を海外宣教では何度も体験してきました。

しかし、「こういう時にこそ神様は、いつも守り導いてくださる」という安心感も心の片隅に持っていました。
どうしたらよいかわからなくなった時、方法は一つ、神様に尋ねるしかありません。

道路にドカッと座り込んで「落ち着いて、慌てないで!」と、自分に言い聞かせ、神様に尋ねてみました。

すると「大丈夫、何とかなるよ!」「帰ることを考えるのではなくて留まることを考えよう」という考えが浮かんできました。

「ここで泊めていただけるところを教えて?」と、さらに尋ねてみると、アメリカ男性と結婚してニューヨーカーホテルに住んでいる日本人女性のYさんが思い出されました。

マンハッタンをあちこち回りながら、足を棒にしてやっと探し当てたホテル。

停電してから3時間がたっていました。

しかし、そこも恐ろしい光景になっていました。

(明日に続く)


マンハッタン

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慌てないで! ~その2~

私は日常の生活の中で、パニックに陥った時や、とても慌てている時に
そんな自分を回避すべく、忘れることのできない貴重な体験が二つあります。

一つは、だいぶ昔の話です。
私が大学受験の日に起こったハプニングです。

試験会場まで父が、私を車で送ってくれることになっていました。
会場までは峠道を一つ越えなければなりません。
家を出てから三十分、上り坂の途中でなんと車が動かなくなってしまいました。
朝の早い時間でしたから、すれ違う車も同じ方向に走る車もありません。

父はボンネットを開けてのぞき込んだり、車の下にもぐり込んであちこちいじっていました。
しかし、なかなか車は動こうとはしません。
父はもともとメカに強く故障した物は何でも直してしまう程、器用な人でした。
しかし、自動車エンジンの故障だけは難しいだろうと、私の不安は時間経過と共に大きくなっていきました。
時間に余裕は持って家を出たものの、こんな事態になろうとは考えてもみませんでした。

「お父さん大丈夫?」私は父の背後から何度も尋ねました。
しかし、父は一言も言わずモクモクと作業をしています。
「もう間に合わない!」私は車の周りをウロウロしながら、完全にパニックです。

そして待つこと四十分、なんと車は鈍い音をたてて動き出したのです!
遅れた時間を取り戻すため、車は猛スピードで走りました。
試験会場に駆けつけると滑り込みセーフ、ちょうど試験が開始された時間でした。
私は一番前の右端の席に案内されました。
私の心臓は高鳴り、机の上で鉛筆がカタカタ音を立てていました。
私の小さな頭の中は真っ白になり、そして、おまけに目の前の答案用紙までも真っ白になってしまったのです。

後日、私は「桜散る」と書いてある不合格の電報を受け取りました。

今、家族や社会の中で両肩に責任というものを背負って生かしていただいている私。
時々、あの時の亡き父の姿を思い出しては、父は本当に立派だったと感心することがある。

私の気持ちを気づかって「困った!」とか「どうしよう!」などと一言も言わなかった父。
決してあきらめず必死で事態に立ち向かうあの父の姿は、幼い私には冷静に見えましたが、心の中はどんなに大変だったであろうかと思うことがあります。
大事な娘の一生に関わるかもしれないハプニング、絶対後退することはできません。
父はこのとき自分の限界を超えたのです。

人間が限界を超えるとき、思わぬ奇跡を生み出すことができるといいます。

決して慌てず、動揺せず、静かに現状を受け止め、祈ってみる。
そんな柔軟な心を持つならばどんな状況もきちんと対処し治めることができるのです。

人間には、極限状態に陥った時、誰にでも奇跡とも言うべき事態を回避する能力が与えられているのではないでしょうか。

だからどんな時でも、自分の心に向って「慌てないで! 動揺しないで!」と静かに言ってみるのです。

(もう一つの体験は次の機会に…)


朝顔(あさがお)8月

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慌てないで!

忙しいという字は、“心を亡くす”と書き、慌てるという字は“心が荒れる”と書きます。
漢字って面白いですね。

事故や災害などパニックに陥った時に、人はどのような行動を起こすであろうかと考えてみるとき、思い出すのは、氷山にぶつかったタイタニック号が暗い海に沈んでいく光景です。

右往左往する乗客、我先に救命ボートに乗る人、先を譲る人、パニックをよそに音楽を奏でる人
そういう極限状態の時に、人間の本当の姿が見えることがあります。

こんな話を聞きました。
嵐の中を航海していた船が、荒れ狂う波と風にもまれ、乗員は恐怖と不安に陥っていました。
その中でたった一人、船底の隅で静かに祈っている人がいました。
その人はお坊さんのようでした。
「こんな大変なときに祈っている場合ですか!甲板に行って水をかき出す手伝いでもしてください!」
と非難されたのです。

やがて風と波は収まり、静かな時が訪れ人々は恐怖から救われたのです。

“たった一人でも人の安全と無事を祈るならば、その船は沈まない”
ということを聞いたことがあります。

家庭や会社においても同じ事が言えます。
たとえどんな過酷で悲惨な状況に置かれても
たった一人、家族や会社の安全と幸せを祈る人がいるならば
その家庭や会社は守られると言います。


恐怖、不安、動揺などマイナスの心はマイナスの波動を発し
マイナスの状況を引き寄せることにもなるのです。

たとえどんな状況に置かれても、それをどのようにで受け止めるか
決して慌てず、動揺せず、感謝で受け止める。
難しいことかもしれませんが、静かに祈ることができる柔軟な心を持つならばどんな状況もきちんと対処することができ、治めることができるといいます。

心を亡くしてはいないか、心が荒れてはいないか

きょうも、静かに自分の心に訪ねてみるのです。


鬼灯 (ほおずき)の実 7月

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プロフィール

sato family

Author:sato family
名前:sato family
4世代、8人国際家族と犬一匹
長野県出身の東京都在住
宣教師

著書:『心を甦(い)かして』(文芸社)
  『成功と幸福を呼ぶ不思議な言葉集』
 

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